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仙台地方裁判所 昭和41年(ヨ)262号 判決 1967年1月31日

申請人 菅原権兵衛

被申請人 日本国有鉄道

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

申請人代理人らは「申請人は被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮りに定める。被申請人は申請人に対し昭和四一年八月以降本案判決確定に至るまで毎月二三日限り金五万三、三〇〇円を仮りに支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との判決を求め、被申請人代理人らは主文と同旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、申請の理由

(一)  被申請人は日本国有鉄道法に基づいて鉄道事業等を経営する公共企業体であり、また、申請人は、被申請人に雇われ、仙台鉄道管理局仙台運転所において機関士の仕事に従事しながら、昭和四一年七月当時、一か月当たり金五万三、三〇〇円の賃金を毎月八日および二三日の二回に分けて得ていたものである。

(二)  被申請人は、昭和四一年八月六日、申請人に対し、「申請人は、いわゆる四・二六闘争に際し、支部委員長として多数の動力車関係職員を管理し、本闘争を指導し、これを実施させ業務の正常な運営を阻害した責任者であるから、公共企業体等労働関係法(以下公労法という)第一八条に基づき、申請人を同月一五日付で解雇する。」旨の通告をなした。

(三)  しかし、右解雇は左の理由により無効である。

(イ) 公労法第一七条第一項および第一八条は憲法第二八条の条規に違反する無効のものであり、したがつて、公労法第一七条第一項および第一八条を適用してなされた本件解雇は無効である。

(ロ) 申請人が同法第一七条第一項に該当する行為をしたことはないから、本件解雇は無効である。

(ハ) 被申請人が本件解雇をなすに至つた決定的動機は、申請人がかねて国鉄動力車労働組合仙台地方本部仙台支部長として活発に組合活動を行なつてきた点にあるのであり、したがつて本件解雇は労働組合法第七条第一号を構成し無効である。

(ニ) 申請人の昭和四一年四月二六日当日の行動および右行動に至るまでの一連の組合活動はすべて国鉄動力車労働組合本部の指令指示に基づくものであり、かつ、右指令指示は各級機関および全組合員を拘束するものである。それにもかかわらず、右指令指示に基づく申請人の右行動を理由として申請人を解雇処分に付することは過重な問責であり、したがつて本件解雇は解雇権の濫用に当たり無効である。

(四)  申請人は、被申請人に対し雇傭関係存在確認を求めて訴を提起すべく準備中であるが、四人の家族をかかえて実質的に被申請人から得る賃金だけで生活しているものであるため、本案判決確定を待つていたのでは一家で路頭に迷うことになる。

そこで、本訴申請に及んだ。

二、被申請人の本案前の抗弁の要旨

(一)  被申請人は、国有鉄道事業を最も能率的に運営発展させて公共の福祉の増進に寄与するという国家目的を達成するために特に法律により設立せられた法人であり、したがつて、いわゆる公共団体たる性格を有するものである。

(二)  被申請人の職員が憲法第一五条第二項にいわゆる全体の奉仕者たる公務員に該当すること、および、国家または公共団体とこれらの職員との関係が公務員の全体の奉仕者たる特質から生ずる各種の法律の規制に照らし公法上の関係と認められることから、公共団体たる性格を有する被申請人とその職員との関係は、私法的関係でなく、公法的関係であると解せられる。

(三)  日本国有鉄道総裁は日本国有鉄道法第三一条第一項に基づいて被申請人の職員に対する懲戒権を有するものであるところ、被申請人とその職員との関係は公法的関係であると解せられるのであるから、同項にいわゆる総裁は行政庁と、また、同じく懲戒処分は行政行為と観念せられるべきである。そして、本件解雇は、右にいわゆる行政庁たる日本国有鉄道総裁が公労法第一八条に基づいて申請人に対してなした免職処分であるから、行政庁の処分であるといわなければならない。

(四)  したがつて、本件申請は、行政庁の処分について民事訴訟法の定める仮処分を求めるものであるから、行政事件訴訟法第四四条により許されないものである。

三、申請の理由に対する答弁

(一)  申請の理由(一)および(二)の事実は全部認める。同(三)の事実中、申請人が国鉄動力車労働組合仙台地方本部仙台支部長であること、および、申請人の昭和四一年四月二六日当日の行動と右行動に至るまでの一連の組合活動が国鉄動力車労働組合本部の指令指示に基づくものであつたことは認めるが、その余は否認する。同(四)の事実中、申請人が四人の家族をかかえていることは認めるが、その余は否認する。

(二)  申請人は国鉄動力車労働組合(以下動労という)仙台地方本部の組合員であるところ、動労の上部機関である公共企業体等労働組合協議会は昭和四一年四月八日ころ同年の春斗の第一波として同月二六日に統一ストライキ(いわゆる四・二六斗争)を実施することを決定し、右決定をうけた動労は仙台地方本部を斗争拠点の一に選定した。そこで、仙台地方本部は、同月一四・一五日の両日、支部委員長会議を開いて、同月二五日午前七時五〇分ころからストライキ突入のけつ起大会を開くとともに乗務員の収容を開始すること、および、このため仙台支部は組合員三〇〇名を動員することなどを決議し、ついで仙台地方本部仙台支部は、同月二一・二二の両日仙台支部臨時乗務員会を、同月二三日支部執行委員会を、また、同日と翌二四日職場集会等を開いて斗争態勢を次第に形成していつた。仙台支部は、同月二五日午前七時三〇分ころからストライキけつ起大会を開き、百数十名の組合員が集つてデモを行ない、当日乗務すべき乗務員を翌二六日午前八時三〇分ころまでの間に百数十名も旅館に収容して勤務させず、かつ、その間仙台支部の組合員ら約五七〇名は仙台運転所構内で集会を開いたりデモ行進をしたりした。国鉄当局は乗務しない乗務員の代替者を手配したが、それらの者の一部も組合により旅館に収容されるなどし、そのため、旅客列車一一本が運行を取り止め、かつ、旅客列車一二本が最高二三六分から最低二七分遅延し、国鉄の業務の正常な運営は著しく阻害された。

(三)  申請人は仙台支部の委員長であるから、申請人が仙台支部の行なつた右斗争の全般にわたり最高指導者として多数の組合員を管理し右斗争を指導してこれを実施させたものであることは当然推認されるところであるが、さらに、その主な具体的行動を挙示すると次のとおりである。

(イ) 前記昭和四一年四月一四・一五の両日開かれた仙台地方本部支部委員長会議に出席して前示決議に参画した。

(ロ) 同月二〇日仙台支部組合員に対し、申請人名をもつて団結して勝ち抜こうというビラを掲示して斗争参加を訴えた。

(ハ) 前記同月二一・二二の両日開かれた仙台支部臨時乗務員会において、出席した乗務員に対し、同月二三・二四の両日職場集会を開いて全乗務員に斗争に参加するよう説得してその決意をさせること、同月二五日午前一〇時からピケをもつて全乗務員を旅館に収容して翌二六日正午まで乗務させないこと、および、斗争中非組合員や指導機関士の代替乗務を阻止することなどを強く要望する旨の発言をなした。

(ニ) 前記同月二三日開かれた支部執行委員会に出席してこれを主宰し、右(ハ)の趣旨を組合員に徹底させるとともに支部役員は積極的に行動することを決議した。

(ホ) 前記同月二三・二四の両日の職場集会において、数十名の組合員に対し、全員斗争に参加しなければならないと発言した。

(ヘ) 同月二五日、正午から出勤して就業すべき業務があるにかかわらず就業しないで、午前一〇時ころから午後三時すぎころまでの間約一〇〇名の組合員を指揮し先頭に立つてデモ行進をした。

(ト) 同月二六日午前三時一五分ころ、蒸気車に集まつた約四五〇名の組合員を指揮して仙台駅一番ホーム全般にわたりジグザグデモを行ない、さらに、同日午前六時四〇分ころから、仙台駅上りホームで第二〇四列車に乗務中の機関士や助手に対し乗務を放棄するよう働きかけた。

(四)  公労法第一七条・第一八条は憲法に適合するものであるところ、以上のような申請人の地位および行動に照らし、申請人が同法第一七条第一項の禁止規定に違反したことは明らかである。本件解雇は申請人の従前の組合活動と無関係であつて不当労働行為を云々する余地はなく、また、申請人の右行動が動労本部の指令に基づくからといつて申請人が前記違反行為の責を免れうるものでもない。したがつて、本件解雇は同法第一八条に基づく適法な処分である。

(五)  申請人は、本件解雇により動労犠牲者救済規則の適用を受け、動労から、すでに見舞金三〇万円を受領し、また、毎月八日に三万円、二三日に三万五、〇〇〇円の定期的支給を受けている。さらに滞在費名義で一日金一二五円、行動費名義で一日金三〇〇円の支給をも受けている。これらの点と申請人の家族四名中の子女二名がすでに就職している点とを合わせ考慮すれば、本件申請は少なくともその必要性を欠くものである。

理由

一、被申請人は従来国の行政機関によつて運営されて来た国の鉄道事業を能率的な運営によりこれを発展せしめもつて公共の福祉を増進することを目的として設立された公法上の法人であつて、被申請人とその職員との関係は、一般公務員のそれと同一視することはできないが、それかといつて一般私企業の従業員のそれと同一視することもできず、その中には、一般私企業の場合と同様な当事者対等ないし私的自治の原則の支配する私法関係的性格のものと、被申請人に優越的な地位を認めてその権力の発動に一方的な拘束力を保障する公法関係的性格のものとがともに存在する、と考えられる。そして、被申請人がその職員に対し一定の公法関係的な処分行為をなした場合、仮処分制度が本来民事訴訟の目的である私法上の権利を私人間において保全するための手段として定められたものであること、および、行政事件訴訟法第四四条が行政主体の優越的な意思発動の効果を停止ないし阻止することは司法権の固有の作用にでなく行政権の作用に属するものであつてこれに強い影響を与えることになるから特殊の配慮を必要とするという立法政策上の考慮から規定されたと認められることに照らせば、右公法関係的処分行為については、同条により、民事訴訟法に規定する仮処分をなすことはできないものと解するのが相当である。ところで、被申請人が公共企業体等労働関係法(以下公労法という)第一八条に基づいて本件解雇をなしたことは当事者間に争いがない。そこで、同条の解雇の性格について考えてみるに、同法第一七条が国家公務員法第九八条第五項ならびに地方公務員法第三七条第一項と同様の見地から公共企業体等の職員の争議行為を禁止していること、および、公労法第一八条が公共企業体等に対し同法第一七条に違反した職員を右違反の理由だけでその裁量により一方的に解雇し得る権限を与えていることに鑑み、同法第一八条は右解雇処分が実定法的に公法関係的性格を有することを規定したものと考える。なお、同条は同法第二六ないし第三五条および日本国有鉄道法第二九ないし第三一条となんら直接的な関係のない規定と解せられる。以上から、結局、本件解雇の無効を本案としてなされた本件地位保全の仮処分申請は不適法なものであると判断する。なお、申請人は本件解雇が憲法に違反するとか公労法第一八条を口実とする不当労働行為であるなどと主張するが、右主張は要するに本件解雇の効力を否定するための理由づけにすぎないものであるから、このために被申請人の公法関係的処分行為に認められるべき公定力に消長があつてならないことはいうまでもなく、したがつて、右主張は右仮処分請求を適法にするものではない。

二、つぎに、申請人の賃金支払いを申請する部分について附言する。一般に職員の被申請人に対する賃金の支払請求は私法関係的性格を有するので一見仮処分による救済が許容されてよいように思われるのであるが、しかし、右申請部分は、本件解雇処分に伴う賃金支払請求権の消滅という効果の発生を阻止するためにその一時停止を求めるものであるから、もしもこれについて仮処分が許されるとするならば、公法関係的性格を有する解雇処分の効果を賃金支払請求という私法関係的側面から判断することを容認しなければならなくなり、行政事件訴訟法第四四条の前記立法趣旨は没却されることになる。したがつて、これについても仮処分による救済は許されないと解するのが相当である。もつとも、いわゆる争点訴訟を本案とする事件について執行停止制度の準用を認めるべきであるか否かは問題であるが、本件のような解雇処分と不可分一体の関係にある賃金支払請求についてはこれを容認すべきであるという見解も可能であり、この点を消極に解するとしても、解雇処分の効力を停止する旨の裁判がかりになされたとすれば被申請人は被解雇者に対し本案判決確定まで従前どおりの賃金を当然に支払わなければならないのであるから、賃金不払いの場合には被解雇者は右執行停止のいわば反射的効果として取得した本案判決確定までの賃金支払請求権を被保全権利として仮処分の申請をなすことができるものと解する余地がある。いずれにしても、右申請部分について仮処分の申請が許されないと解することによつて、申請人に対し不当に救済の方途をとざすことにはならないと考える。

三、以上の次第であるから、本件仮処分申請をすべて不適法として却下することとし、申立費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦克己 川名秀雄 渡部修)

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